東京地方裁判所 昭和63年(特わ)1563号 判決 1988年10月27日
本籍
東京都中野区中央四丁目九八番地
住居
同都同区中央五丁目八番一三号
医師
天晶武雄
大正一一年二月九日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官井上經敏、渡辺登出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年二月及び罰金三〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都中野区中央三丁目一番二四号において、「天晶外科内科医院」の名称で診療所を開設して医業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、収入の一部を除外し、架空の薬剤仕入を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、
第一 昭和六〇年分の実際総所得金額が一億二五一四万四八〇三円あった(別紙一の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六一年三月一四日、東京都中野区中野四丁目九番一五号所在の所轄中野税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の総所得金額が三二四三万四六〇五円でこれに対する所得税額が七七二万七七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六三年押第九九二号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額六九一五万七九〇〇円と右申告税額との差額六一四三万二〇〇円(別紙一の(2)脱税額計算書参照)を免れ、
第二 昭和六一年分の実際総所得金額が一億一六五七万一七七九円あった(別紙二の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六一年三月一四日、前記中野税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額が二三一〇万五三一七円でこれに対する所得税額が七五万八五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額六一三三万五二〇〇円と右申告税額との差額六〇五七万六七〇〇円(別紙二の(2)脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全部の事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する昭和六三年七月六日付、同月八日付(三通)及び同月九日付各供述調書
一 白根千代子、大家美也子(二通)、秋葉良三、小島泰、川名弘幸、田中義夫及び安村和彦の検察官に対する各供述調書
一 嶋田貞博の収税官吏に対する質問てん末書
一 収税官吏作成の領置てん末書
一 収税官吏作成の次の各調査書
1 収入調査書
2 給料賃金調査書
3 貸倒引当金繰入額調査書
4 青色申告控除額調査書
5 社会保険料控除調査書
6 割引興業債券調査書
一 検察官作成の捜査調査報告書
判示第一の事実につき
一 押収してある所得税確定申告書等(昭和六〇年分)一袋(昭和六三年押第九九二号の1)及び六〇年分所得税青色申告決算書等一袋(同押号の3)
判示第二の事実につき
一 収税官吏作成の次の各調査書
1 貸倒引当金繰戻額調査書
2 給与収入調査書
3 給与所得控除調査書
一 押収してある所得税確定申告書等(昭和六一年分)一袋(昭和六三年押第九九二号の2)及び六〇年分所得税青色申告書決算書等一袋(同押号の4)
(法令の適用)
一 罰条
判示各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項
二 刑種の選択
いずれも懲役刑と罰金刑の併科
三 併合罪の処理
刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項
四 労役場留置
刑法一八条
五 懲役刑の執行猶予
刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、「天晶外科内科医院」の名称で診療所を開設して乳腺疾患の診療を専門とする医業を営む被告人が、自由診療収入を除外し、架空仕入を計上するなどの方法により所得を秘匿し、昭和六〇年、同六一年分合計一億二二〇〇万六九〇〇円の所得税をほ脱した事案である。そのほ脱額は高額であり、ほ脱率も平均約九三・四九パーセントと高率である上、犯行の動機も、自己や家族などの生活資金を蓄えることを目的としたもので、特段酌むべきところはなく、また、所得秘匿の手段、方法も医薬品の購入代金支払いを仮装する金額をメモ書きし、それに有り合せの印鑑を用いて領収印を押捺し、金銭出納帳に張り付けるなどして、俗に「カバン屋」と称する業者から高価な抗癌剤等を仕入ていたかのように装い、また、豊胸のため注入されたシリコンの摘出手術等医療保険の適用されない手術を受けた患者からの高額報酬を一切公表しなかったというもので、大胆、巧妙かつ計画的であること等の事情を考察すると、犯情は悪質であり、いわゆる「医師優遇税制」の適用を受けながらも本件犯行に及んだ被告人の刑責は重いといわなければならない。
しかしながら、被告人は、本件が発覚してからは概ねほ脱の事実を認め、本件各年分の修正申告を行った上、本税、加算税及び延滞税を納付したこと、本件犯行を深く反省し、今後は税理士の指導の下に適正な申告納税をする姿勢を示していること、被告人は昭和二一年に慶応大学医学部を卒業し、同二三年に医師登録をして以来、公立病院医師、右大学助教授等を経て今日に至るまで、その専門分野特に乳癌の研究治療の分野において多大の功績を残していること、本件が新聞等でも報道され、既に相当の社会的制裁を受けていること、本件犯行により二七日間に及ぶ未決勾留を受けたこと、被告人には前科や犯歴がないことなど、被告人に有利な事情も認められ、被告人の年齢、家庭の事情等をも併せ考えると、被告人に対しては、今回に限り懲役刑の執行を猶予するのが相当であると判断し、主文のとおり刑を量定した次第である。
(求刑 懲役一年二月及び罰金三五〇〇万円)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 稲田輝明 裁判官 中野久利 裁判官 中村俊夫)
別紙一の(1) 修正損益計算書
天晶武雄
自 昭和60年1月1日
至 昭和60年12月31日
<省略>
別紙一の(2) 脱税額計算書
昭和60年分 天晶武雄
<省略>
別紙二の(1) 修正損益計算書
天晶武雄
自 昭和61年1月1日
至 昭和61年12月31日
<省略>
別紙二の(2) 脱税額計算書
昭和61年分 天晶武雄
<省略>